鎮魂の祈りを込めて、アウシュヴィッツ

鎮魂の祈りを込めて、アウシュヴィッツ

リアルタイム

 

20カ国目:バチカンで最後の審判を見て来ました!!

 


 

早朝私たちの乗った寝台列車はポーランドのクラクフに到着!

朝6時過ぎということでまだ何もお店もしていないのかなと思ったけど、パン屋さんとか開いてて意外と人通りもありました。

 

事前に早朝到着ということを、宿のオーナーさんに伝えていたので、そのままチェックインさせてもらえました。

初寝台列車・・・

旦那さんは結構休めたらしいけど、私は駅に到着する度に列車の停車・発車する振動で起きてしまってあまり休めず・・・

 

早くチェックインできたおかげで少し仮眠できたのは本当に良かった!!

充電完了したところで、早速出発〜〜!!

 

 

実はポーランドに来たかったのは、絶対一生に一度は訪れておきたいなと思っていた場所・・・

 

アウシュヴィッツ強制収容所を訪れたかったから!!

 

ここアウシュヴィッツへは、クラクフ中央駅からバスに乗って向かいます。

アウシュヴィッツはオシフィエンチムという街にあります。

アウシュヴィッツはオシフィエンチムのドイツ語名です。

 

クラクフ中央駅の横のバスターミナルからバスは出ています。

1階、2階とチケットカウンターがありますがどちらでもチケットは買えます。

オシフィエンチム・ミュージアム行き、1人片道14ズロチ。

あ、ポーランドは€使えないので注意です!

G6のバス乗り場から出発!!

 

因に帰りは直接バスの運転手からチケットを購入してバスに乗れます。

帰りのタイムスケジュールはこちら(2018年3月時点)。

 

バスに揺られること1時間半、アウシュビッツに到着。

あと、アウシュヴィッツを訪れる際は原則公式サイトより事前申し込みが必要です。

予約といっても、行きますよ〜っていう申し込みなのでガイドをつけなければ無料で見学可能です。

 

アウシュヴィッツは、正式名称「アウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所」といい、ナチス・ドイツが設置した強制収容所のことを指します。

収容所はもともとアウシュヴィッツ第一強制収容所、アウシュヴィッツ第二強制収容所ビルケナウ、アウシュヴィッツ第三強制収容所モノヴィッツ(現在は破壊され残っていない)の3カ所あり、現在は第一と第二を見学することができます。

 

1979年に世界遺産登録され、日本では「負の世界遺産」として知られています。

第一次世界大戦で敗北したドイツ。

課せられた条約や巨額の賠償金により国家は破綻。

そこに立ち上がったのがヒトラー率いるナチス(国民社会主義ドイツ労働者党)でした。

ナチスはドイツ復興のため、ユダヤ人を追い出して清いドイツを取り戻そうとします。

ユダヤ人は自分たちよりも劣っているという反ユダヤの意識がもともとあり、それを無くせば以前の様な強いドイツになると考えていたからです。

もちろん破綻していた国家に不満を抱いていた国民はナチスを指示することになります。

首相となったヒトラーは、ユダヤ人を集めて拘留する強制収容所設置。

実際に収容されたのはユダヤ人だけでなく、ナチスに反対する者、ジプシー、障害者、同性愛者、捕虜、聖職者、エホバの証人など、ヨーロッパ各地から集められました。

そして最終的解決=ユダヤ人絶滅のため、ここアウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所で大量虐殺が行われたのです。

1940年から1945年のナチス崩壊までに犠牲となった人の数は150万人とも400万人とも言われていますが、正確な数は未だ分かっていません。

こちらは第一収容所に展示されている遺灰。

 

 

第一収容所の入り口を抜けると、見えてくるのがこの有名な看板。

「ARBEIT MACHT FREI(働けば自由になる)」と掲げられた看板。

作ったのは収容されていた人たち。

もちろん働いたって自由になれないと知っていたため、反抗の意味を込めてBを逆さにしたとも言われています。(他にも当時の流行りだったとも言われています)

 

中にはいくつかの建物が立っていて、強制収容所に関する資料が展示されています。

 

新しい安らげる土地を与えるといわれ連れてこられた人たち。

そのほとんどが新しい土地での生活に向けて、全財産全て持ってやってきた人たち。

 

 

しかしそこは安寧の地ではありませんでした。

 

 

連れてこられた人たちにまず行われたこと、、、

それは命の選別でした。

労働力にならない女性、子供、障害者はすぐにガス室送りとなりました。

 

ON THE WAY TO DEATHという題の写真。

こんなに小さな子達まで犠牲になったと考えると本当に辛いです。

 

 

ガス室送りとなった人たちは身ぐるみを全て没収されました。

 

資料館に展示されている大量の眼鏡。

義足なども全て没収されました。

新しい生活を夢見てやってきた人たち。

没収されたものには生活用品が沢山あり、それが余計に悲しく感じた・・・。

 

身ぐるみ全てを没収された人たちは、消毒するとシャワー室に連れていかれます。

しかしシャワーなんて出るはずも無く、

替わりに上から投げ込まれたのはチクロンBという殺虫剤。

これにより沢山の命が奪われました。

 

 

命の選別で残ったとしても、待ち受けていたのは過酷な強制労働でした。

 

身体に刻印された番号で呼ばれ、印で区別されていました。

 

満足な食事も与えてもらえず、

毎日へとへとになるまで強いられた労働。

そのなかには午前中に掘った穴を、午後には埋めるといった意味の無い労働もさせられました。

また収容所の中は決して清潔とはいえず、伝染病も蔓延していたようです。

そんな劣悪な環境で亡くなる方や人体実験で亡くなった方ももたくさんいました。

 

 

そんな劣悪な環境から逃げようとしても、

周りは高圧電流が流れた有刺鉄線が張り巡らされて逃げることも困難。

あまりに過酷な状況に、そこに自ら飛び込んで行く人もいたそうです。

 

 

また、それでも抵抗しようと立ち上がっても見つかれば捕まり、罰が下されました。

この壁はそんな勇敢な人たちが銃殺刑を受けた場所です。

今でもたくさんの献花が見受けられます。

 

一通り第一強制収容所を見学した後は、バスに乗ってビルケナウ第二強制収容所に向かいます。

乗り場はクラクフ中央駅から乗って来たバスを降りた場所と同じ場所。

バスの時刻表はこちら(2018年3月時点)。

 

バスで数十分、アウシュビッツ第二強制収容所ビルケナウが見えて来ます。

よく知るアウシュビッツのイメージは、こちらのビルケナウの方ではないでしょうか?

 

ちょうど夕暮れ時だったので、夕陽に真っ赤に染まる強制収容所が。

 

中はほとんど破壊されていますが、その広大な敷地にどれだけ沢山の人が収容されていたのかと少しぞっとしました。

 

 

見学中、イスラエル国旗を掲げた人たちや学生さんをたくさん見ました。

そのとき、「あ・・・まだ終わってないんだな」と思いました。

 

 

ニュースでも耳にするイスラエル・パレスチナ問題。

 

ここアウシュヴィッツは確かに過去に起こった場所だが、今でもまだ本当の解決にはいたっていないんだな・・・。

 

 

ここからは私感になるので、興味の無い人や納得いかない人は軽くスルーしちゃって下さい。

 

一応仏教徒だけど、おおっぴらになるのは冠婚葬祭のときだけで、特に信仰心があるわけでもなく、クリスマスも楽しむし、正月も楽しむし、いざという時だけめっちゃ神頼み・・・。

こんな良いとこ取りだけの自称無宗教なので、信仰心というもの自体なかなか理解し難いのですが・・・。

宗教は人を強くすることもできるのも確かだと思うし、強く信じられるものがあることも凄いと思う。

ただ1つ間違えると怖いなと感じてしまう。

 

ユダヤ人がキリストを殺したから憎いの?

成功したユダヤ人を妬むの?

それって自分に直接関係してるの?

それを理由に争うの?

 

ずっと昔から続いてきた環境がそうさせているとしたら悲しい。

 

お互いきっと守らないといけないものがあったんだろう。

きっと戦いたくて戦っている人なんていないんじゃない?

 

アウシュヴィッツも同じ。

ナチスだけが悪いのか?

誰も止められなかったんじゃないの?

誰も止めなかったんじゃないの?

自分たちが幸せになることを望んでいたから。

 

 

アウシュヴィッツでの起こった悲劇は変えられない。

少しでも犠牲になった人が報われるように祈り、伝えていこう。

 

私たちは発言も自由、どんな国にしたいか自分で選ぶこともできる。

ちゃんと選挙にいこう。

 

 

そして過去を繰り返さないように、自分たちで正しい道を選べるように・・・。

 

 

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